『愛の不時着』はどこに「無事着」するか?

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【イベント概要】

ゲンロンの代表・上田洋子はロシア文学と演劇の研究者で、少女時代は宝塚歌劇のファン。ゲンロンカフェでは、そんな上田をホストにして、2014年9月に「宝塚歌劇が作る新しい日本文化」(川崎賢子との対談)や2021年3月の「『風と共に去りぬ』とアメリカ」(鴻巣友季子、東浩紀との鼎談)など、「宝塚的」な想像力を主題とするイベントを開催してきました。

彼女がいま「宝塚的」な作品として注目するのが、2020年に世界を席巻した韓国ドラマ『愛の不時着』です。このたびゲンロンカフェでは、その『愛の不時着』の魅力に、研究者ならではの視点から迫るイベントを開催することにしました。

お招きするのは、英文学とカルチュラル・スタディーズを専攻する東京経済大学教授の本橋哲也さん。『深読みミュージカル』(2011年、青土社)、『ディズニー・プリンセスのゆくえ』(2016年、ナカニシヤ出版)などの著作でも知られています。

そんな本橋さんは『愛の不時着』を「韓ドラの最高傑作」と呼び、去る9月に『「愛の不時着」論』(ナカニシヤ出版)を出版されました。著書では、1話ごとに1章をあてて、台詞や小道具を手掛かりに、このドラマがいかに精巧につくられ、なにゆえに視聴者を魅きつけるのかが学問的な言葉で分析されています。ピアノ、ろうそく、母親、まなざし、約束、運命といった古典的なモチーフに注目し、ドラマ全編の隠喩の構造を炙りだすさまはじつに見事です。そしてなによりも、いちファンとしての熱い思いに溢れています。

セリとジョンヒョクの愛はなぜかくも人々を魅了したのか? イベントでは、ドラマの奥にある歴史の重層性や人間の記憶、俳優たちの実力などにも焦点を当てつつ、『愛の不時着』の隠された魅力をたっぷり語っていただきます。

文学や演劇に関心がある広いトークにしますので、韓流ドラマにあまり知識のないひとでも安心してご参加ください。会場と放送でお待ちしています。

【登壇者の本橋哲也さんより】

このたびは、『愛の不時着』をきっかけとして、ゲンロンカフェにお招きいただき、このドラマを愛してやまない皆さんとお話しできることを心から嬉しく思います。この作品が、私たちが生涯で出会う芸術のなかでも忘れがたいもののひとつであることは、実際にご覧になった方たちの多くが感じておられることでしょう。私自身は韓国ドラマの専門家ではなく、韓国・朝鮮語もまったくできないのですが、一見してこの作品の魅力にとりつかれ、それを多くの皆さんと分かち合いたくなって拙著を書きました。(その際、できもしないハングルを書き入れたり、場面を取り違えたりして、多くの読者の方々からご指摘をいただき、恥ずかしい思いとともに感謝も覚えました……。)

『愛の不時着』は、これまでともすれば、東アジアの「女や子どもが見るもの」とされてきた韓国ドラマを、一気にグローバルな観客層へと拡げ、中高年男性(私のような)が主人公のジョンヒョクに魅了され、錚々たる知識人が熱く南北分断を論じるといった社会現象を引き起こした作品です。その後の『梨泰院クラス』『ヴィンチェンツォ』『イカゲーム』へと続く、韓ドラの爆走ぶりは、皆さんもご存じのことでしょう。

そのような地球大のブームの要因を探るために、拙著では私なりの表象分析の手法を動員して、このドラマの内実をこれでもかこれでもかと執拗に読解し尽くしたつもりです。私自身の読みがどれだけ妥当であるかどうかはわかりませんが、ぜひこの作品をこれからご覧になられる方も、すでに何度もご覧になられた方も、ともに『愛の不時着』という空前絶後の傑作の襞に分け入りましょう。

ゲンロンカフェでは、私と同じく、というか私以上に、この作品に出会うことで、自らの人生を豊かに、そして他者への想いを新たにした皆さんとともに、あらためて「『愛の不時着』の無事着」を祝福したいと思います。このような機会を与えていただいた上田洋子さま、東浩紀さまはじめ、「ゲンロン」の関係者の皆様に心より感謝申し上げます。(本橋哲也)

【『愛の不時着』あらすじ】

韓国でファッション企業を経営する超セレブの女性ユン・セリは、パラグライダーで嵐に巻き込まれて韓国と北朝鮮のあいだにある非武装地帯(両国のあいだの中立地帯)の北朝鮮近くに不時着、巡回中だった人民軍の士官リ・ジョンヒョクに発見されることになる。ジョンヒョクはセリをなんとか帰国させようとするが、セリが彼の言葉を信じなかったために北朝鮮の領土に入り込んでしまい、帰国は不可能に。北朝鮮の素朴な暮らしに最初は戸惑うセリだが、兵士や村の女性たちとの交流の中でなにが本当の幸せなのかを考えるようになる。セリとジョンヒョクは少しづつ惹かれ合うが、そこにジョンヒョクの許嫁が現れ、他方では軍内部の陰謀も絡み……。

『愛の不時着』論
本橋哲也『『愛の不時着』論――セリフとモチーフから読み解く韓流ドラマ』(ナカニシヤ出版)

本橋哲也 Tetsuya Motohashi

1955年東京生まれ。東京大学文学部卒業、イギリス・ヨーク大学大学院英文科博士課程修了。D. Phil。
現在、東京経済大学教授。カルチュラル・スタディーズ専攻。
著書は、『カルチュラル・スタディーズへの招待』『ほんとうの「ゲド戦記」』(大修館書店)、『本当はこわいシェイクスピア』(講談社選書メチエ)、『ポストコロニアリズム』(岩波新書)、『侵犯するシェイクスピア』(青弓社)、『思想としてのシェイクスピア』(河出書房新社)、『深読みミュージカル』(青土社)、『ディズニー・プリンセスのゆくえ』(ナカニシヤ出版)、『宮城聡の演劇世界』(共著、青弓社)など。翻訳書は、ガヤトリ・スピヴァク『ポストコロニアル理性批判』(共訳、月曜社)、ホミ・バーバ『文化の場所』(共訳、法政大学出版局)、C.L.R.ジェームズ『境界を越えて』(月曜社)、レベッカ・ウィーバー=ハイタワー『帝国の島々』(法政大学出版局)、ロバート・ヤング『ポストコロニアリズム』、平野克弥『江戸遊民の擾乱』(岩波書店)など。

上田洋子 Yoko Ueda

撮影=Gottingham
1974年生まれ。ロシア文学者、ロシア語通訳・翻訳者。博士(文学)。ゲンロン代表。早稲田大学非常勤講師。2023年度日本ロシア文学会大賞受賞。著書に『ロシア宇宙主義』(共訳、河出書房新社、2024)、『プッシー・ライオットの革命』(監修、DU BOOKS、2018)、『歌舞伎と革命ロシア』(編著、森話社、2017)、『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド』(調査・監修、ゲンロン、2013)、『瞳孔の中 クルジジャノフスキイ作品集』(共訳、松籟社、2012)など。展示企画に「メイエルホリドの演劇と生涯:没後70年・復権55年」展(早稲田大学演劇博物館、2010)など。

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